国の借用証である国債の大半を、銀行などを通じ日本国民の金融資産で買い支えるという日本独特の国債消化のカラクリが、逆回転を始める恐れが現実味を帯び始めている。所得に占める預金などの割合を示す家計貯蓄率が、収入の減少などで急減しているためだ。税収増につながる景気回復には先行き不透明感が漂い、消費税増税論議も後退しつつある。財政再建シナリオが宙に浮いた状態が長引くと、手遅れになりかねない。
「昨年秋ごろから、ヘッジファンドが日本国債でポジションを取り始めている」。日銀のある幹部は、市場の動きに警戒感を強めている。一部の投資家が、日本の国債価格暴落(長期金利は上昇)を見越して「カラ売り」の動きに出始めたというのだ。
しかし、長期金利は1%台で推移しており、今のところ国債価格が暴落する気配はない。「日本国債のカラ売りを仕掛け損失計上したある投資家は、巨額の財政赤字なのになぜ日本国債は暴落しないのか首をかしげている」(アナリスト)という。
日本は国と地方自治体で、国内総生産(GDP)の2倍近い借金を抱えている。先進国最悪の財政状況にある日本が、ギリシャのように他国の支援を仰がずに済んでいるのは、ギリシャの長期国債の7割強が海外投資家に保有されているのに比べ、日本のそれは4.6%(2010年3月末)に過ぎないためだ。主要先進国の3~5割と比較しても極端に少なく、日本がいかに国内で資金を回しているかがわかる。
国債暴落の強力な防波堤になっているのが、日本の国債の約6割を保有する国内の銀行と生命保険会社による国債投資の拡大だ。景気の先行き不安を背景に企業は設備投資を控え資金需要は低迷、一方の銀行は財務体質改善へ株式などリスク資産の圧縮を進めている。海外への大量資金シフトは経験不足で決断できず、預金運用の受け皿が国債しかないのが実情だ。長期金利が1%台と利回りの低い国債に資金シフトが続いているのは「デフレの副産物」(メガバンク幹部)でもある。
しかし、日本国債のこの「国内消化」の「仕組み」が揺らぎつつある。頼みの綱である家計貯蓄率は1992年には14.7%だったが、2000年には2けたを割り込み、09年は2.3%にまで低下。高齢化の進展で10年以内にゼロになると予測する試算もある。このままでは、国内で国債を買い支えきれなくなり、政府は巨大な借金の利払いもままならず機能まひに陥りかねない。
政府も「財政再建はどなたが首相になろうが、どの政党が政権を取ろうが、避けては通れない課題だ」(菅直人首相)と財政再建の重要性を認識している。当初予算で借金が税収を上回る戦後初の事態となった10年度当初予算の反省から、政府は11年度予算で、国債費を除く一般歳出や新規国債発行額を前年度並みに抑制する方針を示すなど、財政悪化に歯止めをかけようと躍起になっている。
だが、毎年1兆円超増加する社会保障費などの財源をどうするかといった具体策は示せておらず、財政再建への道筋は描けていない。特別会計などの“埋蔵金”の取り崩しにも限界があり、借金拡大への圧力は高まるばかりだ。
物価が急上昇して紙幣は紙くずとなり、企業倒産が増加して失業者が街にあふれる-。説得力のある財政再建シナリオを早期に打ち出さなければ、こんな事態も絵空事ではなくなる。(吉村英輝)
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