「木は生きているから…」。家づくりの現場でごく普通に耳にする言葉であり、顧客などに対して口にした経験のある実務者もいることだろう。
この「木は生きている」という表現に異論を唱える研究者がいる。先ごろ「今さら人には聞けない木のはなし」(日刊木材新聞社)という書籍を出版した森林総合研究所研究コーディネータの林知行さんだ。
「木材関係者の中でもあまり知られていないことですが、生きている樹木であっても樹幹の大部分は死んでいます。生きているのは、形成層、内樹皮、それと辺材の柔細胞だけで、残りは生理作用をしていません。生きた樹木でさえこの状態ですから、木材になってしまうと、生きていたわずかの細胞も全部死んでしまいます」と林さんは言う。
「ところが、木材(実際は細胞壁)はまるで生きているかのように水分を放出したり吸収したりします。そして、それに伴って寸法変化(くるい)をおこします。この現象を、木材供給側も住宅実務者も『木は生きている』と呼んだりしているのですが、正直言ってあまり感心できる表現ではありません」。
感心できない理由は2つあると林さんは言う。まず1つは、この表現をトラブルの逃げ口上に使ってしまいがちなこと。
たとえば住宅の完成後に「パキパキ」と木鳴りがする。住まい手に理由を聞かれた際に、「ああ、木は生きていますから、しようがないんです」などと、うやむやにしてしまう。「これでは、説明責任が重視される現代において、極めて不十分な対応であるとしかいいようがありません」(林さん)。
もう1つは「木は生きている」という表現が、非論理的な説明に発展しがちなこと。「塗料を塗ったら息ができなくなって木が死んでしまう」、「接着剤は化学物質だから木を殺してしまう」、「人工乾燥させると繊維が熱で死んでしまう」といった情緒的な表現だ。「こんな説明は顧客の失笑をかう可能性があります。現在の家づくりの基本には性能があるはず。そこに情緒的で思考停止の論理を持ち込むのは、やめた方がよいと思います」(林さん)。
木材に関する議論は、なぜか極論や十把ひとからげの議論になりがちと危惧する林さんは「最も重要なことは木材の科学を勉強して、客観的で冷静な判断力を養っていただきたいということ」と訴える。
エコロジカルな建築材料として木材への注目が高まっている。国産材利用を促進する支援制度も増えている。追い風を生かすために必要なのは、木材を科学的な視点で「マテリアル」としてとらえることだ。過剰に木への幻想をあおるような情緒的な言動は、結果として木材利用という全体のパイを狭めることにもなりかねない。
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