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印鑑を押す、押さないは、実は大きな問題ではない。契約というものは、口頭でも成立する。100万円の貸し借りが生じた場合、後で借り手が「覚えがない」と言い出すトラブルが生じたら困るから、印鑑を押した金銭貸借契約書をつくったり、借用書を書いてもらうのだ。そこを誤解している日本人は多い。

日本では印鑑を押す習慣があるから、印鑑を押していなければ契約は成立しない、と主張できるケースはある。しかし、実際にお金を貸したのであれば、契約書をつくってなくても返済を要求できるし、ハンコをついていないからといって借用書が無効になることはない。裁判になったら、例えば立ち会った友達の証言や、お金を貸すことになった経緯を具体的に説明・立証すれば、勝つことができるのだ。

印鑑だけを盗まれたり偽造されて大きな被害に遭ったという例は、実は少ない。三文判など誰にでもつくれるが、それによって借用書を偽造されるようなケースはまずない。消費者金融やクレジット会社は、印鑑だけではお金を貸さず、免許証や身分証明書で本人確認をすることが多い。

以前、ある人が健康保険証を盗まれ、突然20~30社の消費者金融から請求書がきた、というトラブルがあった。が、このときは契約書の筆跡が本人のものと全然違ったので、一銭も支払わずにすんだ。借金を申し込んだのが自分でないと証明できれば、法的な支払い義務は生じないのである。

ただ、こうした免許証・身分証明書や銀行印の保管には気をつけるべきだ。銀行印をキャッシュカードや通帳と一緒に保管していると、一度に盗まれて事件・事故になることがある。

印鑑について誤解が多いのは、三文判と実印との違いだ。双方の法的効力に何ら違いはないのである。弁護士と委任契約を交わす際も、相手から「実印じゃないとダメですか?」とよく聞かれるが、弁護士の契約であれ何であれ三文判でいい。なかには、印鑑を強く濃く押すのと弱く薄く押すのとでは効力が違うと思っている人もいるが、そんなことはない。

実印が必須とされるのは、「一定の方式を必要とする法律行為=要式行為」を行う場合だけ。例えば、不動産所有権の移転がそれに当たる。法務局で名義移転などを行うには、実印をついた委任状と、その人の実印である証拠として印鑑証明書を添付しないと登記の移転はできない。司法書士に依頼する場合も同様だ。

公正証書を公証役場でつくるのも要式行為に当たる。本人の場合は実印と印鑑証明書が、本人でなければ実印をついた委任状と印鑑証明書が必要だ。遺言書は公正証書か、もしくは自筆証書で作成する。自筆証書は最初から最後まで全文自筆。同じく自筆の日付と署名、さらにハンコがなければ無効となる(民法九六八条)が、公正証書と違って実印でなくともよい。ワープロで書いたものや、録音テープ、ビデオはいずれもこの「一定の方式」に当たらないから、遺言としては認められない。

重要なのは、ハンコをついたかどうかではない。契約があったかどうか、お金を借りたかどうかだ。連帯保証人になる場合も、所定の欄にサインすれば、ハンコをつくまでもなく契約は有効となる。欧米ではサインのみだが、日本には印鑑を押す風習があるという違いがあるだけなのだ。

よく、印鑑一つで怖い目に遭う……などと言うが、本末転倒であろう。ハンコをつくのが怖いのではなく、保証人になることが怖いのである。

※すべて雑誌掲載当時

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近ごろでは印鑑の代わりに署名で済ませられる場面が増えてきた。本人が申請して役所で住民票をとるときや、一部の外資系金融機関で口座を開設する場合などでは、署名が印鑑の代わりの役割を果たしている。そもそも、印鑑は申請や契約などに必要ないものなのだろうか。

リーバマン法律事務所の石井邦尚弁護士は「印鑑や署名どころか、契約書自体がなくても、たとえば口約束だけでも契約は成立しうる」と説明する。

では、契約書や印鑑の役割とは何か。それは、成立した契約が確かに存在したことを、客観的な証拠として残すことにある。

「特に印鑑は、後に争いとなり、裁判になった際の立証場面で、大きな役割を持つ可能性がある」(石井弁護士)

それは、民事訴訟法228条4項に「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」との規定があるからだ。

法律用語で「推定」とは、裁判で立証が済んだものとして扱われることを意味する。相手方が反証をしない限り、「推定」が維持され、契約書を証拠として示した側の勝訴となるのである。

ここで注意してほしいのが、「署名又は押印」が推定の条件になっているということ。法律上、契約の存在を示す証拠として、署名と押印は同じだということになる。両者で違いが出てくるのは、署名や押印が偽造されたことなどが疑われる場合、つまりもう一つの条件である「本人又はその代理人の」署名や押印であるかどうかが争われる場合だ。

署名の場合には、筆跡鑑定が行われる。筆跡鑑定を行うには資格などは必要なく、誰でもできるものではあるが、「裁判では、科学捜査研究所の出身者が行った鑑定結果が比較的信頼されている。具体的には、署名を一文字ずつ、たとえば、『最初の文字は明らかに違う、次の文字のここは類似していてここの部分は違うがどちらかというと類似している、その次の文字は明らかに同じ』というように鑑定し、それらの判断の組み合わせで、全体としてはどうかという結論を出す。しかしそれですら、私の感触では、刑事事件の精神鑑定と比べても裁判官の判断を拘束する力は弱い」(同)

このように手間とコストをかけても確定した判断が難しい署名に比べて、押印には「印鑑証明」というシステムがある。署名の横に実印を押し、役所が発行した印鑑証明書を添えれば、当事者の意思で押印されたものと事実上推定される。もちろん、この強力な効力により、逆に悪用される危険性もある。

「法人の実印であれば、厳重に保管し、押印の記録を残すのは必須。押印の場に必ず2人以上の関係者を立ち会わせるようにするなどの慎重さも求められる」(同)

一方、個人のいわゆる認印や三文判、法人の角印など、印鑑登録をしていない印鑑には「推定」の法的効力がない。頻繁に使われ、印影も比較的シンプルだから、どこかに押したものをスキャンして偽造される危険性も高い。個人の印鑑は大量生産されている場合も多く、お金を出せば同じものを買えることすらある。したがって、「争いとなった場合、印鑑登録されていない印鑑は実印よりも効果が大きく劣る」(同)

署名とセットで使われることが多い個人の認印とは違い、法人の角印の場合、会社名や住所などは印刷やゴム印であることも多い。では、偽造などのトラブルを防ぐにはどうすればいいのだろうか。

「署名や会社名の上に認印や角印を重ねて押せば、黒と赤のインクの跡が交わり、他者による偽造が難しくなる」(同)

なんとなく、あるいはスペースがないからという理由で、文字に重ねて押印していた人も多いだろう。しかしこの習慣には、押印の偽造を防いでトラブルを予防する意味合いがあるのだ。

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「騒音が55デシベル以下です」という謳い文句で売るマンションもあるほど、騒音に悩む人は多いものです。通常のマンションが床厚15センチ程度に対し、そこは18センチ。そんなマンションで騒音計を持って耳を澄ませたことがあります。上の人の足音や椅子を引いたりする音も聞こえる。騒音に気を配ったマンションですが、測ってみたら、45デシベルもあった。一般に裁判で騒音と認められるのは60デシベル以上。ですから集合住宅に住む以上、騒音はある程度受け入れざるをえないのです。

とはいえ分譲業者の施工が悪く、構造に欠陥があることもあります。マンションの壁は、ひとつでも穴やひび割れがあると、隣の人がまるでそこにいてしゃべっているように聞こえるものです。私が担当した案件では、調べてみたところ、隣室との間にあるコンクリートの壁が天井まで届かず、隙間があいていました。これは防火区画になっておらず、建築基準法に違反していたので、販売業者に買い戻させました。

ペットについては、最近では「可」とする新築マンションが増えています。しかし、旧来の物件では「実害のあるなしにかかわらず、規約で禁止されている場合には、それを守るべきである」というのが原則。吠えないとか、トイレの始末をしているといった事情は関係ない。迷惑に感じる人たちの権利を守らなければならない。これは判例(最高裁・1998年3月26日判決)で確立されたものです。

以前はペット可でも、規約変更でペット禁止になれば、飼っていたペットが飼えなくなることもあります(図参照)。なお、規約変更は通常、区分所有者および議決権の4分の3以上の賛成が必要とされます(区分所有法31条)。

最後に水漏れ。水漏れで困るのは、責任の所在が不明確なケースです。マンションでは、専有部分での水漏れは区分所有者の責任、共用部分では区分所有者全員の責任となります。ところが20~30年前の古いマンションには、専有部分外のところに排水管が通っていることがあるのです。

私の手がけた案件で、3階のAさんの台所の排水管が、床を通って2階のBさんの天井板の間に配管されていたことがありました(図参照)。その排水管が腐食して、排水がBさんの家に流れ落ちてしまったのです。Aさん宅専用の排水管ですからAさんの責任と考えられがちですが、Aさんが排水管を点検、修理するのは不可能です。

こうした場合、最高裁の判例(2000年3月21日判決)では、「所有者が自分で管理できない配管は共用部分であるとみなす」としています。区分所有法9条にも「建物の設置または保存に瑕疵があることにより他人に損害を生じたときは、その瑕疵は共用部分の設置または保存にあるものと推定する」とあります。

図:これが「マンション・3大トラブル」解決へのカギだ!

※すべて雑誌掲載当時

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