密閉された静かな空間で栽培される野菜。自然環境の影響を受けず、人工の光や空調で野菜を育てる「植物工場」に参入する企業が増えてきた。LED(発光ダイオード)や蓄電池、制御機器といった先端技術が、「自然相手の肉体労働」という農業のイメージを一変させようとしている。背景には国内の農業の担い手不足、世界的な食糧危機の深刻化があるようだ。
「農業ってこんなスマートなものかと、若い人が思ってもらえるようにするのが私たちの夢」。制御機器メーカー、IDEC(大阪市淀川区)の舩木俊之会長兼社長はそう語った。
LEDは波長制御で病害虫を防ぎ、明るさや色調を調節することで富山のような冬に日照の少ない土地でもイチゴを栽培できる。GALFは育成速度や味の向上が期待できる。それらを同社が得意とする自動制御システムで一元管理するため、現地では社員数人のみが常駐。データを大阪の本社で直接集めている。
この冬は例年にない大雪だったにもかかわらず、今春、甘いイチゴを大量に収穫できた。舩木社長は「もう1年ほど研究を進め、平成24年度までに事業化したい」と意気込む。
一方、三菱化学は今年1月、貨物船用のコンテナ(長さ約12・2メートル、幅約2・4メートル、高さ約2・9メートル)で野菜を育てる「コンテナ野菜工場」を発売した。内部に設置された9段の棚で、1日50株程度のレタスや小松菜をつくる。LEDなどの照明と空調、水循環設備をそなえ、砂漠や寒冷地でも農業ができる。
また、同コンテナは三洋電機から太陽電池と、高容量のリチウムイオン電池を組み合わせたシステムの供給を受けている。太陽電池で発電し、リチウムイオン電池に蓄電することで、消費電力の節約につながる。
現在は電力会社の商用電源との併用だが、「将来的には太陽光のみによる稼働も視野に入れている」(三菱化学)。そうなれば、電力網の整っていない地域での栽培も可能だ。
9月ごろには第1号機をカタールに納入する予定で、1基5千万~1億円という価格にもかかわらず、中東を中心に問い合わせが相次いでいるという。同社では「異常気象や食糧危機が問題になる中、新しい農業を可能にする手段として国内外で展開したい」としている。
「天候や水不足など自然に左右されるこれまでの農業と違い、植物工場なら内部ですべてを管理し、最適化できる」。そう語るのは、植物工場の研究を20年以上続けている大阪府立大大学院の村瀬治比古教授。
植物工場には、生産設備の高コスト化▽現状で栽培できるものが葉物野菜などに限られる▽専門技術の人材が少ない-など課題も。しかし、村瀬教授は「日本の農業が直面する危機に比べれば、技術改良や人材育成で解決できるこれらの課題は小さい」と強調する。
農業の担い手は高齢化する一方で、いったん荒れた農地を再生させることは容易ではない。日本の食料自給率は41%(20年度、カロリーベース)にとどまり、打開策が見つからないのが現状だ。
「植物工場なら農薬をまったく使わないので安全で、作物の価格も安定する。制御システムの中に伝統的な農業の経験・知識を組み込むことも可能」。植物工場は農業の救世主になれるか。企業のビジネスチャンスもそこにある。(牛島要平)
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